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Faculty of Agriculture

農学部
農が拓く未来。

世界最先端の「ゲノム研究」が
農学の未来を切り拓く

いま、なぜこの研究が注目されるのか?
それは、この研究が人類が直面する「食」と「農」の課題に新たな希望をもたらしてくれるからです。気候変動、地球温暖化、異常気象。人をとりまく「自然」の様子が激震するなか、経験から得た知見や知恵だけでは対応できないケースは今後ますます増えていくでしょう。遺伝子レベルからのアプローチを実際の田畑と接続したこの研究は、実際の農業における課題解決につながるものとして強く期待されています。

今回、国内外の研究者から注目を集めている農学部植物生命科学科 永野 惇(ながの・あつし)教授から、ゲノム研究の進歩がもたらす今後の農学の未来についてお話を伺いました。

永野 惇 教授

2018年度「日本農学進歩賞」を受賞

─── 永野先生、このたびは2018年度「第17回日本農学進歩賞」受賞おめでとうございます。対象研究は「野外トランスクリプトミクスによる植物環境応答の研究」ですね。この賞は、農学の進歩に顕著な貢献をした若手研究者におくられるということですが、先生のこの研究の特徴は、ズバリどこにあるでしょうか?

永野 ひと言でいえば、「実験室研究と野外研究を融合したこと」でしょうか。

─── 「実験室と野外を融合」……。と言いますと?

永野 私の専門は、ゲノム、遺伝子、DNA、RNAなどを扱う、分子生物学、情報生物学です。この分野の研究は、通常ほとんどが設備や環境の整った実験室内でおこなわれます。

─── なるほど。ミクロの世界の研究ですものね。

永野 今回はイネを使いましたが、植物の場合も基本は実験室内の実験です。インキュベーターを使って、気温や光量を人工的にコントロールしたりして。

─── つまりそれが「実験室研究」ですね。

永野 そうです。けれど、植物は本来は野外で育つものですよね。自然の野山も、人がつくる田んぼや畑も、ほぼ屋外です。そして、ご存知のとおり、自然は一筋縄ではいきません。

─── たしかに。

永野 気温、風、雨……野外環境は、すべてが激しく変化します。台風もあればゲリラ豪雨もあり、日照りもあります。しかも、必ず「想定外」があります。

─── それが「自然」ですものね。そうした千変万化の野外は、実験室内の環境とはかけはなれているので両者を融合することがむずかしいわけですね。

永野 そういうことです。

世界が注目する理由

─── まず、永野先生の研究がどういうものなのか、概要をおしえてください。

永野 ごく簡単にいえば、田んぼでのイネの遺伝子の働きを解明しようという研究です。

─── 永野先生の専門は、ゲノムや遺伝子ですものね。

永野 はい。それで、イネを対象に数万種類の遺伝子すべての働きについて、さまざまな条件下で大量のデータを取りました。さっきも言ったように自然は複雑なので、できるだけ多様な条件下のデータが必要だったからです。そして、気象データをつかってモデル解析をしました。いろいろな気象条件がどう遺伝子の働きに影響するかがわかってきました。

─── 気象がイネの遺伝子に及ぼす影響? それがわかってきたのですか。それは、すごいことですよね。

永野 もちろん気象と生育の関係性に関する研究は、これまでもされてきました。でも、従来はすべて野外調査です。野外調査の場合は、大きさ、重さ、長さ、あるいは色や形、成分といった、物理的な項目、目に見える数値を調べます。今回の場合、そういった野外で結果としてあらわれる前の遺伝子の働きを把握しました。そこが、これまでになかった新しいポイントになります。

─── 実験室と野外というか、ミクロとマクロ、遺伝子と「農」を直結させたわけですね。農学の新領域ではないですか。類似の研究は、国内外でどのくらいおこなわれているのですか?

永野 どの程度までを「類似」というかにもよりますが、近い研究をしているグループは世界でも片手で足りるくらいでしょう。その中でも、我々のグループと同じ規模でやっているグループはありません。「トマトでやりたい」「小麦でやりたい」と言っている人はいますが、実際にやったという話は、まだ聞きません。

─── そんな最先端の研究が、龍谷大学の農学部でおこなわれているのですね。

「田んぼでRNAを調べる」ことのむずかしさ

─── 研究内容について、さらに詳しく教えてください。

永野 まず、DNAとRNAについて説明しましょう。DNAはわかりますか?

─── デオキシリボ核酸。生命の設計図ですね。ATGCの4つの塩基を含む二重螺旋構造。

永野 そのATGCの並びですべて決まります。それによって遺伝情報が伝わります。ですが、遺伝子の役割はそれだけではありません。生き物の一生を通じて、タンパク質の設計図としてはたらきます。遺伝子がはたらくことを「発現する」といいますが、そのタンパク質を合成するとき、必要な部分だけコピー(写し)が取られます。このコピー先がRNAです。

─── 転写されるわけですね。

永野 ええ。DNAの塩基配列は、一生涯、変わりません。これに対して、RNAは、どの遺伝子のものがどれだけつくられるか、そのときどきで変わります。植物は自分で移動することができません。そこで、環境の変化にあわせて必要な遺伝子を必要なだけ発現させ、そうすることで環境に適応しているのです。ですから、どの遺伝子が、どのタイミングで、どれくらいの強さで発現しているか、ということを調べると、その時の植物がどういう状態であったかがわかるわけです。

─── どんなRNAがつくられたかという結果が、「植物」のレスポンス、つまり「応答」であると。そのレスポンスを呼び出したアクションが、「野外」の自然「環境」、その変化。その関連性がわかれば、いろんな応用ができますね。

永野 そうです。複雑な野外環境下での植物の生きざまが明らかになれば、生育を制御することにつながります。そのために、数万種類におよぶすべての遺伝子の働き(トランスクリプトーム)を定量する手法を中心に用いたのです。

─── なるほど、それで「野外トランスクリプトミクスによる植物環境応答の研究」。大事なことが凝縮された研究の名称だったわけですね。よくわかりました。

誰もしなかった「とりあえずすべて測る」を強行

─── 続いて、技術のポイントを教えてください。どこがどう画期的だったのでしょうか?

永野 一つは、データ収集量の多さですね。とてもたくさん取りました。トランスクリプトーム解析の「とりあえずすべて測る」というやり方自体は以前からある考え方ですが、実行するとなると、大変な労力を要しますので。

─── すべての何を測るのですか?

永野 ある時点で発現しているRNAのすべてです。イネなどの植物は約3万種類の遺伝子があります。サンプル1つをとるごとに数万種の遺伝子の働きを測ることになります。従来の一つ一つの遺伝子を測定する方法に比べて、桁違いに多くの情報が得られるのがメリットです。

─── ですが、さきほどのお話ですと、野外環境ですから、サンプル数も大量に必要ですよね?

永野 はい。数百サンプルのデータを収集しました。というのも、遺伝子の発現は数分から数時間で劇的に変化します。環境の変化に対するイネの応答を網羅的に捉えるためには、細かなデータ採取が必要なのです。野外の環境は時々刻々複雑に変化し、一日のなかでも、朝、昼、夜があれば、日照り続きや長雨もあれば、ゲリラ豪雨、台風直撃などの事態も起こります。そうしたさまざまな環境下でのデータをとるため、多くの研究者と協力しました。植える時期、標本採取の方法、採取サイクルなどの工夫もしました。

10万円から数千円へのコストダウンを可能にした技術

─── 気が遠くなるようなお話です。それに、大量に集めるということは、データを調べる解析も大量になるわけですよね?

永野 はい。大量のサンプル解析には、通常大変なコストがかかります。「すべての遺伝子を測定する」という方法が、あまり選ばれない理由のひとつです。そこで、我々の研究室では、新たな技術を開発しました。これまで1サンプル10万円程度かかっていたコストが、数千円程度まで下がりました。これを用いて、日常的に数百サンプルの解析を行っています。

─── 10万円が数千円に? ……約95パーセントオフ?! とんでもないことをさらっとおっしゃいましたが、すごい技術革新ですよね?

永野 いや、まあ、もともと原理はわかっていましたから。

─── それにしたって画期的ではないですか。そうやって、手法、技術から開発したからこそできる研究というわけですね。

永野 まあそうですね。それは我々の研究室の特色でもあります。

─── それでコストや時間というハードルをクリアし、大量のサンプル解析が可能になったのですね。

永野 はい。それによって得られたのが、遺伝子発現データ、つまり「応答」の方のデータです。次は、これを何と照らし合わせるか。そこで、まずは気象データとの統合解析をおこないました。気温、降水量、日射量、風速などの気象データと、関連づけて統合していくわけです。田植えからの日数、イネの体内時計などの影響も考えながら、遺伝子発現データをもっともよく説明できるモデルを構築していきました。どのような環境に対して、植物がどのように反応したかが、分子レベルでわかってきました。

イネで働く遺伝子の97%以上を解明

─── どういうことがわかったのですか?

永野 解析の結果から、イネの葉で働いている約1万7,000の遺伝子のうち、約7,300が気象環境の影響を受けていることがわかりました。どんな環境要因に強い影響を受け、逆に何があまり影響しないか。イネの葉で働いている遺伝子のじつに97%以上について、どんな環境下で働くかが明らかになりました。

─── 97%! それは快挙ですよね? さまざまな方面に展開できそうな基盤技術かと感じますが、具体的にはどんな応用が考えられるのでしょうか?

永野 毎年、イネの作況予測が発表されますが、これは特定の品種を対象に、何年も蓄積したデータをもとに推定されるものです。しかし、品種が変わるとどう変化するか、今まで経験したことのない気象条件でどう変わるか、それは予測できません。品種が変わっても、今までなかった未曾有の気象条件でも、イネの作況が予測できるようになれば、凶作にならないための対策を講じるといった設計にもつながるのではないかと考えています。

─── 農作物の予測と制御ですか。それはある意味、人類が農耕を始めて以来の悲願なのかもしれませんね。

─── 今後はどのような展開を考えていますか?

永野 いま、実験室内での測定と組み合わせた研究を進めているところです。企業と共同開発した30台のインキュベーターを使って、温度、光量、湿度などの環境を人工的にコントロールし、73の条件下で遺伝子の発現を調べ、違いを見ていきます。野外ではありえない条件下のデータも得ることができ、想定や予測の範囲を現実以上に広げていくことができるでしょう。

─── ますます学際的といいますか、農学×理学という印象で、先端性を感じます。

永野 これまで植物の生長に関する情報は、目で見える変化でしか捉えられませんでした。長さ、太さ、幅、重さ、どれもいわば「目に見える情報」なんですね。ウイルスの感染など、目には見えないけれど植物の内部で起こっていることが予測できれば、応用の可能性は広がります。私がやっているのは、基礎科学としての生物学です。植物の仕組みはまだまだわかっていませんし、仕組みがわかったからといって予測ができるとは限りませんが、メカニズムの解明が次の一歩につながることは間違いありません。

─── 龍谷大学は「浄土真宗の精神」を「建学の精神」とする大学ですが、こうした研究も、すべての「いのち」を大切にし、真実を求めるところに立脚しているのですね。

永野 もちろん農学部でも「建学の精神」に基づいた教育研究をおこなっています。「いのち」を支える「食」、それを生み出す「農」も龍谷大学の農学部だからこそ伝えられる捉え方があると思います。農学部の特徴的なカリキュラムに全学生が必須で履修する「食の循環実習」という授業があります。この授業では、田畑から食卓までの一連のプロセスを実体験し、土や作物にふれたうえで、各専門分野の学びを深めていきます。

─── 土の学びから、永野先生のような理学部的な先端研究、経済や社会科学までと、とても幅広いのですね。持続可能な社会の実現という大きな視座であることがよくわかります。
永野先生、今日はありがとうございました。引き続きのご活躍に期待しています。

永野 惇(ながの・あつし)

龍谷大学 農学部植物生命科学科 教授
学位:博士(理学)
1981年大阪府生まれ。
京都大学大学院理学研究科生物科学専攻 博士後期課程修了。
独立行政法人農業生物資源研究所 特別研究員。日本学術振興会 特別研究員(PD)。科学技術振興機構 さきがけ研究員を経て2015年から現職。

  • 著書:『ゲノムが拓く生態学』(共著)、『Photobook 植物細胞の知られざる世界』(共著)、『定量生物学』(共著)。
  • 受賞歴:2018年 農学会 日本農学進歩賞、2014年 文部科学大臣表彰 若手科学者賞。

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