Interview

創設時の思い

創設時の思い、そして、次の10年への期待。

2025年に農学部が10周年、農学研究科が7周年を迎えるにあたり、今回はその創設に関わられた方々にお集まりいただき、当時の苦労話や次の10年に向けて期待することなどについて、じっくりと語り合っていただきました。

  • 赤松徹眞氏当時 学長

  • 佐藤研司氏当時 副学長
    農学系学部設置委員長

  • 末原達郎氏当時 農学部長
    農学系学部設置副委員長

  • ファシリテーター

    古本強先生周年記念事業実行委員長

少しずつ一つにまとまっていった農学部構想

古本 この度、龍谷大学農学部が10周年、農学研究科が7周年を迎えましたけれども、まずは当時の龍谷大学で農学部を創設しようとした経緯・理由からお伺いしたいと思います。

赤松 私が学長に就任したのが2011年。「5長」(第5次長期計画/2010-19年度)が始まった次の年ですが、当時から「瀬田キャンパスをどのようにしていくか」という課題がありました。
つまり、1989年に瀬田キャンパスが開かれて理工学部(現:先端理工学部)と社会学部ができ、1996年に国際文化学部が開設されたわけですが、その後、国際文化学部を改変し、国際学部という名称で深草キャンパスに移転する計画が出てきた。そうすると、瀬田キャンパスには、理工学部と社会学部が残ることになり、その当時の瀬田周辺の環境や地域社会とのつながりも鑑みた上で、「新たな学部をつくるなら、どういう学部が相応しいだろう」ということが、大きなテーマとして持ち上がってきたんですね。

その際に、世の中の産業化がどれだけ進んでも、地域社会に根ざすものや、農業とそれに関連する分野をつないでいくことが重要だという声が、“食の循環”という一つの理念としてまとまってきたんです。
そこから、「農の分野こそが、龍谷大学が培ってきた建学の精神をより現代に生かせるのではないか」という議論が深まり、農学部構想が生まれてきたというのが大きな流れだったと記憶しています。

佐藤 話が出始めたのは2010年ごろですね。そのとき「5長」の中で、どういう教学展開をしていくか議論になり、「建築をやるべきだ」「いや教育だ」と、いろんなアイデアが出ました。そんな中で、瀬田という立地条件を考えたときに何ができるかということで議論を重ね、「農業」というところにフォーカスされていったんです。

ところが、当時は多くの大学が、農学から生命科学やバイオサイエンスの分野に展開している時期だった。だから、「龍谷大学はなぜいまさら農学部をやるんだ?」とずいぶん言われました。
ただ、そこは我々執行部の考え方として、ベースになる部分をしっかり抑えたいという思いがあったんです。農学の基礎がないところに、生命科学やバイオサイエンスを持ってきてもダメだろうと。「やるなら確かな土台になる部分を」というのは終始こだわった点でした。

赤松 しっかりベースになる部分を押さえ、その発展系として将来バイオサイエンスや生命科学が出てきてもいいけれど、「田植えをしたこともない学生に生命科学を学ばせるのはどうなんだ?」という思いはありましたね。
例えば、単に食品栄養学科をつくり、管理栄養士の資格を持つ学生を育てることは可能です。しかし、そもそもその食品を育てる体験をしてみること、田んぼに入って稲を植え、土の感触を知り、虫やカエルのいる環境で食物が育つことを知ることが、栄養価の計算をして料理をすること以上に、学生にとって将来の力になると考えたわけです。

古本 末原先生はその辺のところ、どのように捉えておられましたか。

末原 私は常々、自然の中で人間がどう生きていくのか知りたいと思っていたんです。ですが、全国の農学部は生物資源とかそういうところばかりを見ていたので、私としては「どうも違うな」と思っていました。
今、私たちは産業社会にいますが、そこで生きる人たちを支えるものは何かというと、やはり食べ物ですよね。その食べ物を作る方法として農業があり、その作り手として農家がいますが、今は、農家だけが農業を知っていてもダメな時代になってきています。だから、食べ物のことから農業のことを考えるような、さらには、農業のことから自然の中での我々の立ち位置を考えるようなことが大切だと私は考えていたんです。

それが、仏教系の龍谷大学ならできるのではないか。自然、農、食、それらを循環的に捉える世界、それは龍谷大学だけが体現できる世界ではないかと思えた。それなら、そういう学部をつくってみたいという気持ちでした。
龍谷大学にあるたくさんの学部の先生方と同じ思いを共有するのは大変だろうなと思いながらも、やってみたいと思ったんです。

創設時には、見えない苦労もたくさんあった

古本 実際、大変さはありましたか。当時は反対意見もあったのではないかという気もしますが。

佐藤 もちろんハレーションはありましたが、農学部構想に関しては、それまでの龍谷大学にはないぐらいトップダウンで進みました。龍谷大学には何事も合議で決める文化がありますが、この農学部構想に関しては、合意を取りつけていると、どんどん薄まって、丸くなってしまうのではないかという心配が、執行部の面々の中にもあったのでしょう。
「多少尖っている部分がないと新しくつくる意味がない」という思いと、しかも先ほど話したように、「いまさらなぜ農学部?」という声がある中で、ここはある程度、執行部主導で考えを押し通さなきゃいけないという意思が強く働いていたと思います。

赤松 苦労話で言うと、農学部をつくるにあたり、幸い地元の方の協力を得られて比較的近い場所に農場を確保できる目処が立ったのですが、その後の手続きが大変でしたね。地域の決済は農業委員会が握っているのですが、協力してもらうにもいろんな条件面のハードルが高くて。

佐藤 確かに、いろいろと大変でした。

赤松 ともあれ農場ができて10周年という節目でもあるので、これを龍谷大学の学生だけでなく、地域の方々にも場を提供して一緒に共同作業をするような機会も、将来に向けてつくっていただけると非常にいいですよね。

毎年8月末に瀬田キャンパスで開催している「夕照コンサート」は、地元の高校や中学校の吹奏楽部とも連携してやっていますが、生徒さんたちにも大変好評ですよね。
農学部でも、こういった地域連携にもっと力を入れていくことで、将来行きたい大学・学部の候補に龍谷大学農学部を加えてくれる小・中・高生が増えていくと思いますので、そういったことも考えていってもらえればと思います。

古本 最近、瀬田の農場のほうで、地元の方々を招いて収穫祭のようなものも開催しようかという動きもあるようですよ。

赤松 それはいい。特に、子ども世代の方々に興味を持ってもらえればさらにいいですね。

佐藤 地元の幼稚園に声をかけて、田植えに参加してもらってもいいよね。

赤松 都会のマンションなどに住んでいる人にとって、農業はなかなか縁遠いものだと思いますが、参加してみるときっと貴重な体験として心に刻まれると思いますので、そういった方々を招待して、田植えから秋の収穫まで一貫して体験していただくような企画も、大学としてやっていくと面白いのではないでしょうか。

できたのは、他に真似のできない唯一無二の農学部

古本 他の大学との違いや独自の色を出すために意識したことはありましたか?

赤松 農学部の中に食品栄養学科(管理栄養士養成課程)を置いたのも当時は珍しかったですよね。通常なら、女子大などで多く見られるように家政学部に管理栄養学科や食品栄養学科を置くわけですが、龍谷大学の場合は農学部の中に食品栄養学科(管理栄養士養成課程)を入れた。そういう点も他大学では見られないことだったと思います。

同時に、その学科ごとの開設を担っていただくためにどういう先生とコンタクトをとり、学科をつくっていくかは大きな悩みでもありました。
しかし幸いにも、お声掛けさせていただいた先生は、龍谷大学の建学の精神や大学としての特徴を受け入れてくださる方がほとんどで、私たちも信頼してお任せできましたし、当時、大学を預かっていた私の立場から言うと、非常に心強い形でスタートできたと思っています。

末原 そう。つまり人事が一番大事なんですよね。だから私が学部長としてやったのは、各学科の人を選ぶ人を選んだことだけ。学科の中のことについては、私はほとんどタッチしていません。各学科の理念とカリキュラムをつくって、そこの中心メンバーとして誰に来ていただくのがよいかという合意がとれた時点で、「これで私の役目はほぼ終わったな」と思いましたもの。

また、そうやって集まってくれた先生方が、各々に強い思い入れを持ってくれていて、朝からラボに入ってずっと準備をしてくれるんですよ。普通、赴任前の先生がそこまでする必要はないのですが、「学生たちにこういうことやらせたい」という情熱があるんです。そんな先生方が集まり本当によかったと思っています。

古本 龍谷大学独自の特徴で言うと、農作物の育成から生産、加工、消費までのプロセスを実体験する「食の循環実習」もそうですよね。

末原 “食の循環”というテーマは確かにいいんだけど、やるのは大変でしたよね。「食の循環実習」なんて、やったことがない先生もいっぱいいるわけで。でも、そういう先生も含め全員でやる。あれは面白かったですね。最初の田植えも汗だくで大変でしたが、あれはウケました。ウケましたし、あれで農学部として一つにまとまった気がして私もすごく安心しました。
事務方も一緒になり、みんなが一体になって新しいものをつくることができて本当によかったです。稀有な形で誕生した学部で、珍しいパターンだと思います。

古本 その後、龍谷大学を真似て農学部を設立する大学も出てきました。

赤松 次から次へ出てきましたからね。

佐藤 龍谷大学がうまくいったからといって、うまくいくわけではないんですけどね。

末原 おっしゃるとおり。でも、真似られるのは、ありがたいことです。真似られると下支えができてくるので。今、農業問題が大きくなっていますが、食料というものをきちんと考えるためにも、世の中の目が農業、農学部に向いてくれるのはよいことです。

創設に携わった者として、未来へ向けて期待すること

古本 次に伺いたいのは、これからの10年、農学部・農学研究科に期待することについてですが、いかがでしょう。

赤松 今後も成長していくためには、学部教育において、先生方が熱量を持って指導なり研究なりをしている姿を学生たちにきちんと見せる必要があると思っています。もちろん、学生の自発的な学びも求められますが、本人の努力だけに任せるのではなく、学生たちがどのような大学生活を過ごすのか、先生側も言葉だけでなく姿勢で導いていくことがますます重要になってくるでしょう。

そうすればきっと、その熱量を受けた学生の中から一定の割合で、マスターに行きたい、ドクターに行きたいという人が出てくるはずです。
そうやって、「4年間の勉強では足りない」「ここでもう少し学びたい」と思ってもらうことができれば、大学院への進学数も分厚くなり、より充実した農学部、農学研究科になっていくと思います。

佐藤 今のお話は非常に納得できる部分です。確かに先生方は大変お忙しく、なかなか研究に時間が割けない状況にあります。でも、やっぱり先生方が持つ研究力をダイレクトに表現することが、学生に大きな影響を与えるんです。だからこそ、大学全体で先生方の研究時間を確保できる制度を今後つくっていってほしいと願っています。

もう一つ私が思っているのは、将来構想として瀬田キャンパスをどうしていくかということ。社会学部も深草キャンパスのほうに行きましたのでね。
そこで今後の農学部に期待したいのは、瀬田キャンパス全体の構想を、農学部が中心になってつくっていってほしいということです。先端理工学部が技術に特化しているのに対して、理念的・概念的なものも含めて前に進めていけるのは、やはり農学部の強みだと思うから。
農学部のテーマである“循環”は、いろんなものを取り込める素地を持っています。そういった柔軟性を将来の瀬田構想の中でどう生かしていくのか。瀬田だからできることをやっていくために、今後真剣に考えていってほしいと思っています。

古本 末原先生は、どうお考えですか。

末原 私もやはり今、龍谷大学は本気で研究をしないとダメだと思っています。先生が、研究を面白がってしていると、学生はついてきます。だから面白い研究をやらないと。
外からも「あの大学は面白い」と言われるような面白いことをやっていたら、面白い学生が院生として残ってきます。そうすると独自の魅力を持つ学部ができて、それが大学全体にも作用していくんです。

私は、今は文明の危機だと捉えているのですが、同時にチャンスだとも思っています。農学部中心の世界観をつくっていけると思っているんです。自然と社会と人間がどのように住み分けをして生きていくかを考えられるチャンス、そう考えていくとまだまだ面白いことができますよ。

佐藤 だから本当は、古本先生にここでファシリテーターをさせてちゃダメなんだよ。そんな暇があったら研究をしてもらわないと(笑)。

古本 研究もしっかりやっているので大丈夫ですよ。ちなみにですが、龍谷大学の研究環境はかなり恵まれているんです。以前は私も地方の国立大学に勤めていましたが、彼らはいい研究がしたくてもお金がなくて、電気代や電子ジャーナル代への経費負担が大変で、学生に自由に実験させてあげられないほどです。
だから、地方の国立大学の教員たちの研究力はどんどん下がっているんです。それに比べると、龍谷大学では、個人研究費などもきちんと確保されているので必要な実験ができる。これは、大きな強みですよね。この強みを活かして、私を含めた教員たちが各々の分野の研究でよい成果を上げられるよう頑張っていきたいと思います。

佐藤 ぜひ。期待しています。

赤松 あともう一つ、今後への期待として、ここを、卒業生たちが自身の学科の枠を越えてつながり合える場所にしていってもらいたいですね。そこに、現職や退職された先生方ともつながれる機会も用意していただけると、卒業生同士や卒業生と大学側で、互いに協力し合えることも生まれてくると思いますので、ぜひ実現してほしいと思います。

古本 農学部ができて10年。最初の卒業生でもまだ社会人6年生で、みんな社会で迷ったり、壁にぶつかったりしている時期だと思うんです。そういう人たちにも、龍谷大学とのつながりをぜひ役立ててほしいですよね。
そのつながりで、今抱えている問題が解決したり、かりに解決しなくても、みんなが同じく悩んでいると知るだけでも心が楽になると思うので、軽い気持ちで帰ってきてもらえればうれしいです。

佐藤 研究室がうまく機能するといいよね。古本先生のゼミにいた学生が、ちょっと相談に来れるとか。

末原 やっぱり学生は人につくんですよね。だから、仕事の相談でも、人生の話でも、なんでもいいんです。古本先生の顔を見たら安心するという理由でもいい。そういう話をできる人が、ここにいることが大事で。

古本 そうですね。もし私の手に余る相談でも、そのときは答えられそうな人に振ればいいわけですし。龍谷大学には知識も経験も豊富な人材がたくさんいますから。卒業生たちにも、ここはそういう組織なんだと思っていただきたいですね。

佐藤 それが大事です。龍谷大学の農学部はまだ若い学部なんだから、将来に向けてそういう関係をしっかりつくっていってください。

古本 はい、農学部として新たな目標が見えました。そしてなにより、久しぶりにお三方とお会いできて貴重なお話が聞けたので大変満足です。本日は、お忙しいところ本当にありがとうございました。