龍谷大学農学部は創立10周年。
これからも地道に
食のつながり、
いのちの大切さを伝えていく。
今から10年前、
龍谷大学は、改めて正しく農学を世の中に浸透させたいという考えのもと、
現在の農学部を創設した。
その根底には浄土真宗の教えがあり、私たちが教え伝えていきたいものの奥底には、
“真実を求め、真実に生き、真実を顕かにする“
という建学の精神が確かに流れている。
農学教育の中で、世間の風潮や欲望に惑わされることなく、
真実を求める姿勢の大切さを伝えることができれば、
気候変動や経済的、政治的課題などが渦巻く世の中においても、
これからの「食」や「農」を守り、支え、
未来につないでいける人材を輩出し続けることができるだろう。
真実を求めることで、「食のつながり」や「いのちの大切さ」が自然と見えてくる。
このまなざしを得た、知恵と優しさを兼ね備えた人材こそが、世界を変える大きな力を発揮すると信じている。
10周年を迎えて

農学部・農学研究科
創設周年記念事業実行委員長
古本 強
農学部の設立から10年が経ちました。大学院の設立も考えると、最初の学部卒業生が社会に出てから6年、大学院卒業生が出てから5年。ほとんどの者が、まだ社会の厳しさ、壁に思い悩んでいる時期ではないでしょうか。初期の卒業生たちは、それぞれの職場などで少しずつ良いポジションにつけるようになり、仕事の自由度も広がり始めたころではないかと思います。
そうした意味では、この10年は、土台づくりの期間であったと思います。聞き及んでいる範囲では、卒業後に起業する者が現れたり、卒業生同士の横のつながりで、各々の仕事の課題を解決し合うネットワークも生まれてきたりしています。こうしたネットワークが広く、強くなることで、これから世の中にとって良い波及効果を及ぼすだろうと期待しています。これから徐々に、龍谷大学農学部の卒業生の本格的な活躍が見えてくるのではないでしょうか。
都市化が進んだ近年は、普段の生活の中で農地を見たことのない学生が多くなっています。そんな状態で研究室に閉じこもり、研究室の中で育てた植物について研究し、目の前の食材がどこからきたか、どう育てられたか、実際に畑で植物が育つ姿を見ないまま卒業していってしまう。そんな学習環境から社会に出た人材が世の中の役に立てるでしょうか。
龍谷大学農学部の設立に際しては、この「農を知らない」という課題を解決するために、当初から「頭の中だけで考えるのではなく、まず体験してもらう」ことを大切にしてきました。学生には今も、全員が農地に出て「農」に触れる体験をしてもらっています。農作物を育てた体験を基本に、その性質や栽培、加工、流通について学び、本当の意味で身につけてもらいたい、そう考えているからです。
龍谷大学は研究だけを突き詰める大学ではありませんが、その代わり、世の中の土台となるような人材を生み出すことができる大学です。研究室に閉じこもるのではなく、実際に土に触れ、体験することを重視し、隣のラボや別の学科とのつながりを意識した教育を大切にしてきました。そういった、「農」についてのリアルな感覚やネットワークの強さが龍谷大学農学部の強みであり、そうやって育った人材が、個ではなく集団として社会の中でさまざまな分野に根を張り、実をつけていけば、世の中を下支えできる大きな力となるでしょう。
私は、これからの「農」は、それを取り巻く人的な環境、関係する人が多ければ多いほど良くなっていくものだと考えています。例えば直接の農家でなくても、銀行に勤めた人が、「この農家が取り組んでいる新しい農法に融資してみよう」と考えるかもしれないし、出版社に勤めた人が、デジタル時代の新しい「農」に関する書籍を企画するかもしれない。そういうふうに「農」への意識を持った人が広く社会に出ていくと、総体的に未来の農業を救うことになると考えています。
この10年でそういう土台が完全にでき上がったとは言いません。裾野が広いところに高い山は立つのです。これからもそういった学生たちを育てることに尽力し、次の10年も、そしてその先20年、30年と、卒業生の活躍をずっと見守っていきたいと思っています。

次の10年に向けて

龍谷大学 農学部長山﨑 正幸
一昔前、バイオテクノロジーという言葉が流行し、遺伝子組み換え食品や機能性食品など、食べ物をより便利な形で生産する・健康につながる成分は何かを見出すことが良とされた時代がありました。当時、農学部を有する多くの大学の研究に対する方針が変化し、医学的見地からの研究へと移行した分野もあったと記憶しています。
一方で、10年前、大学として35年ぶりに開設された龍谷大学農学部は、「食」と「農」という原点に立ち返り、改めて食の大切さ、おいしさや“いのち”とのつながりを学んでいくことに取り組み続けてきました。
その一環として「食の循環」なる授業をおこなってきました。最近ではそういった我々の授業モデルを参考にして農学系学部を開設する大学もあるようです。このように、ある種の新たな農学部の流れを生み出せたことは、誇りに思うところではあります。難しいことではなく、シンプルに皆さまの心に訴えかける「食」と「農」の打ち出しをこれからもおこなっていければと思っています。
それとともに、これまでの既成概念にとらわれることなく、学部として、大学としてのあり方を常にアップデートしていくことが大切だと感じています。
今は物事の発展や情報のスピードも速く、常識だと思っていた価値観があっという間に通用しなくなることもあります。
あらゆる方向に物事が変化していく可能性を考慮し、教育の面でも考え方や発信の仕方などをその都度柔軟に変えていく必要がありますし、そういう変化と上手く付き合うとともに、その変化を楽しんでいける人材を育てていかなければなりません。
私自身、これからの「食」や「農」は、単純明快な方向に戻っていくのではないかと予測しています。つまり、素材を大切にするといったことや、自らが農から食に携わるといった“体験”を重視する姿勢です。
龍谷大学農学部では、授業の中で学生に田植えや稲刈りをやってもらっていますが、あまり土に触れた経験がない人でも、泥の中に足を突っ込み、草の匂いを嗅ぎながら農作物を育ててみると、自分が生きている、生かされているという実感が湧くものです。
今の世の中は、デジタル化・AI化が進み過ぎて、我々が自分自身でオペレーションできる範囲がどんどん狭くなっているように思います。そうなると、人々は改めて、“生の実感”が心を支える大切なものであることに気づくのでは無いでしょうか。
だからこそ、これからの世の中は自然の恵みや素材そのものを大切にするほうへ、「農」そして「食」のほうへ戻っていくのではないでしょうか。
農業から工業、そしてIoT やAIの活用へと発展してきた我々の社会ですが、もう一度、「農」そして「食」というテーマが世の中のメインストリームに戻ってくる流れが生まれると面白いですし、龍谷大学農学部として、そのような世の中に向けてできることはたくさんあると考えています。
私は、私立大学の使命の一つは、世の中の人が理解しやすい、利用しやすい、つまり社会に近い研究をすることだと思っています。そういう意味では、龍谷大学農学部はまだ、「自分たちはこういう姿勢で研究をやっているんだ」と明確に伝わる打ち出しが十分にできていないと感じています。しかし、もちろんこのままにしておくつもりはありません。
まずは、この10年取り組んできた「食の循環」というテーマを改めて強く打ち出し、その上で、これまでの機能性を重視する「食」の姿ではなく、そもそもの「食」の大切さ、“いのち”とのつながりを始めとし、「食」を通じて人々がどうやって幸せになっていけるかというところまでを視野に入れ、我々が考える「食」と「農」のビジョンを発展させていきたいと思っています。
龍谷大学農学部が、この瀬田という地で、そんな楽しそうなことをやっているんだと認知が広がれば、龍谷大学のプレゼンスもさらに高まっていくでしょう。
以上のようなことをふまえて、これからの10年は、卒業生とともに、関西の企業や京都の料理人さんたちとも連携しながら、「龍谷大学農学部では食をテーマにこんなに面白いことをやっているんだ」「これは国公立大学ではなかなかできないね」と言われるような取り組みを積極的にチャレンジしていきます。

次の10年に向けて

龍谷大学 農学研究科長神戸 敏成
「食」と「農」は、私たちの生活において重要な部分を占めており、最近の米価の高騰などを見てもわかる通り、解決すべき課題をたくさん抱えています。それは地球環境であったり、経済的、あるいは政治的問題も関係してくるのですが、これらのことも含めて、大学・大学院としても新たなアプローチから解決の糸口を見つけていくことが、これからはより求められてくるのではないでしょうか。
そんな中、龍谷大学では、「食の循環実習」を通じて低炭素社会を実現するデジタルマインド・スキルを持ったアグリDX人材を育成する取り組みを進めてきました。
この実習は農学部4学科の全学生対象におこなわれていますが、今年からは大学院でも、実際に農場に出て農作物を栽培している圃場の気象データや温暖化に関わるガスの計測などをおこない、どのように環境問題を捉えていくかというような実習形式のカリキュラムを始めました。
大学院で実際に農場を利用した演習的な講義をおこなうのは大変チャレンジングなことだと思いますが、次の10年に向けても、このような新しい取り組みを引き続きおこなっていければと考えています。
龍谷大学の農学研究科は農業生産科学モデル、地域社会農学モデル、食品栄養科学モデルの文理融合型の構成になっていて、さまざまな分野の研究に取り組んでいる研究者が身近にいることも特徴の一つです。1人の学生が学ぶことができる範囲は限られているため、学びの分野を広げようとすると、広く浅くになってしまいます。だからこそ、自分の研究だけなく、他の学生がどのような研究に取り組んでいるかを知っておくことは非常に重要で、自分に必要な知識、足りない情報を誰が持っているかを知っていることがその人の能力の差に現れることになります。
そのことから、本大学院では、入学直後に全モデル合同で研究計画発表会をおこなうことを計画しています。これによって学生間の交流やコミュニケーションを促進し、将来、社会に出て個人の力では解決できない課題に直面した際に、つながりのある研究室の先生や学生、卒業生の協力を仰ぎ解決していける力にしていってほしいと思っています。
また、本大学院のもう一つの特徴に、料理人など食のプロフェッショナルが多く在籍し、食の嗜好などさまざまな研究をされているという点があります。小麦の生産者なども本大学院で学び、自分たちが生産しているものに関しての分析や生産環境の情報を収集し、各々の仕事に役立てようとされています。
こういった例は、他の大学ではあまり見られないケースではないかと思いますが、今後も大学生だけでなく、社会人の方々にも龍谷大学大学院の農学研究科に入学していただき、ここでの学び・経験をそれぞれの組織に戻った後に活用・発信していただければうれしく思いますし、彼らと学生とのつながり、そこから生まれるシナジー効果にも期待したいと思います。
冒頭にも書きましたが、やはり今の状況を見ていると、「食」や「農」についての知識・技術を活用して解決していかなければならないことがたくさんあり、農学部の学生、大学院生を含めて、これからは今までなかった分野のことも求められるようになってくるでしょう。そういう意味では、活躍の場は大いに広がっていくのではないかと思います。
そういった新しい時代の潮流に対応できる学びを提供し、大学としてもこれからの10年で大きな成果を出していきたいと思いますし、学生たちにも農学部の各学科および大学院の中でしっかりとしたスキルを身につけていただき、社会で私たちも驚くような素晴らしい仕事をしてくれたらと願っています。
